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東京地方裁判所 昭和41年(行ク)47号 決定 1966年12月10日

申立人 遠藤馨

被申立人 東京教育大学学長

訴訟代理人 藤堂裕 外二名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨は、「被申立人が昭和四一年一〇月三一日付で申立人に対してなした放学処分の効力を停止する。東京教育大学教育学部雑司ケ谷分校主事大山信郎が昭和四一年六月六日付で申立人に対してなした特設教員養成部寄宿寮からの退寮処分の執行を停止する。」というのであつて、その理由の要旨は次のとおりである。

(一)  申立人は、昭和四一年四月一一日東京教育大学教育学部特設教員養成部普通科に入学し、同年五月一日から、同養成部の学生が寄宿する同大学雑司ケ谷分校寄宿寮に入寮した。右特設教員養成部は盲教育に関する教育養成機関であつて、普通科、理療科、音楽科、美術科から構成され、普通科は、すでに小学校、中学校、高等学校のいずれかの普通免許状の所有者で盲教育に関する教員になろうとする者を養成することを目的としている。

(二)  右寄宿寮に関する事務は同大学雑司ケ谷分校主事が掌理し、寄宿寮の運営は寮生の自治に委ねられ、寮生が諸規則に違反し寄宿舎内の秩序を乱したことなどによる懲戒処分は、寄宿寮評議会の決議による発議に基づいて、同養成部教授会の承認をえて、右主事が発令することになつている。

(三)  申立人は入寮後間もなく、寮生から徴収していた自治費(寮費)の六割位が自治運営ないし雑費と認められないようなもの、たとえば寮役員の謝礼、他校の女子大生への読書依頼料、図書購入費等に費消され、他面トイレツトペーパー消毒薬、娯楽道具等の調達には少額しか支出されず、不公平に使用されていることを知つた。また寮の自治は寮の委員にまかせ切りであつて、庶務課職員、舎監寮委員長その他の役員などの行為に不審があつたので、申立人は、寮費は月額二五〇円であつても用途上公平な四割分しか払えないと主張し、寮委員長と対立した。その後大山分校主事、佐藤教授、谷村寮務教官等は申立人を呼んでその理由を尋ねたので、申立人はその理由を述べ経理の是正を要望したが聞きいれられず、やむなく大塚警察署、警視庁等へ調査を依頼した。また同年五月下旬野口寮監の行動も不審な点があつたので警視庁に届け出た。

(四)  ところが寮委員長は、申立人が寮費を一〇〇円しか払わないと主張したことや、食費やその他の費用は寮自治委員会委員を信用できないから、直接大学の事務課か寮監に納めると主張したのを理由に、評議会、寮生会議を開いて、同年六月六日懲罰としての退寮を決定し、大山分校主事は、申立人に対して退寮処分を通告した。しかし、申立人は寮の規則を守り、すべての義務を尽してきたのであつて、自治規約に反するところはなく、退寮処分は無効である。

(五)  しかるに、右退寮処分通知を受けて一週間を経過した六月一三日、寮生等は申立人の居住している三階三号室を娯楽室とし、テレビ、マージヤン台を備え、申立人を除く同室者三名を別室に割当て、夜一二時まで多数で使用し、同月一六日朝まで連日連夜多数の寮生が遊び続けて申立人の居住や安眠を妨害し、同月一七日右三号室に鍵をかけて申立人の自由な入室を妨害したので、東京地方検察庁に告訴した。六月二六日他の同室者も右三号室に復帰したが、寮委員長や寮生はその後もしばしば申立人の居住や安眠を妨害し、このような行為が一〇月下旬頃まで続いた。そして一〇月二八日小長谷部長から附属小学校の父兄室に仮泊するよう指示を受けた。

(六)  ところが、被申立人は、同年一〇月三一日付をもつて申立人を学則第五八条により放学に処するとの懲戒処分をし、同年一一月二日申立人に通告した。しかし被申立人が挙げる放学処分事由は、事実無根であるか、または誠意のない一方的な態度で事実を曲解したものであつて、申立人は学生の本分に背いた行為をしたことはなく、右放学処分は明らかに不当であり職権の乱用に当るもので違法である。

(七)  申立人は二九才の独身であるが、現在、日曜日と授業のない土曜日には職業安定所の紹介で日雇労働者として働き生計をたてており、経済的に余裕はない。盲教育の授業は点字、実験、統計等現実に受講しなければ修得できない科目が多いのであつて、これらの授業が受けられない状態が続くと期末試験に合格することはもちろん来年三月卒業することがほとんど不可能となり、回復困難な損害をこうむることは明らかである。よつてこの損害を避けるため緊急の必要があるから、右放学処分の効力停止および退寮処分の執行停止を求める。

二  右の放学処分事由についての被申立人の意見の要旨は次のとおりである。

申立人は前記寄宿寮に入寮後間もなく、当時寮生から徴収していた寮運営費二五〇円のうち一〇〇円のみは雑費として納入するが、その余は盲者を寄宿させるために特別に必要とされるものと思われるので、いわゆる目あきである自己に支払いの義務はないと独断主張し、当時同寮の自治委員長(寮生)であつた白木幸一と対立状態となつた。申立人は、右態度について右白木はじめ多くの寮生および寮務教官谷村裕ほかの教官から、重ねてその非なることを説得されたが全くこれに応ぜず次のような行動に出た。

(一)  昭和四一年五月六日

(イ)  前記谷村教官や右白木の面前で「目の悪いものに自治活動ができるか」との趣旨の発言をして同僚の盲人を誹謗した。

(ロ)  同寮舎監主任野口功に対する電話において自分のように教員免許状を有するものはあんま、はり灸の免許しか有しない者と違う旨言明して、盲人を侮辱した。

(二)  同年六月七日

教授会において申立人の退寮処分についての承認があつても、これに従わない旨言明して、同養成部教授会の権威を失墜せしめた。

(三)  同月一五日

前記谷村教官が申立人に対して即時退寮するよう通告したのに対して、教授会の決定は勝手になされたもので、これに従う理由はない旨言明して退寮を拒否し、右教授会の権威を失墜せしめた。

(四)  同月一六日

野村舎監が申立人との話合いを提案した際、同人に対して、「あなたを先生とは思つていない。」旨言明して右提案を拒否し、同人を侮辱した。

(五)  同年八月二九日

すでに退寮処分を受けていて居留できない寮内に入り、施鍵を破壊して室内に無断で侵入した。

(六)  同年一〇月二一日

試験休みを利用して地方へ治療奉仕に行つた同寮の学生六名が寮室において反省会という形で議論を交していたのに対して厭味を云つてこれを中止させ、同人らの勉学を妨害した。

(七)  同月二二日

(イ)  前記谷村教官に対して、本校の学生が少ないのはこの学校がいかに無価値であり、教官の素質が悪いことを表わす旨発言して、同養成部の教官を侮辱した。

(ロ)  翌同月二三日提出のリポートを作成するために集合していた全盲学生と口論した際に、警視庁大塚警察署宛に、自己が暴行を受けている旨の虚構の電話連絡をなし、同寮に警察官一名を呼び寄せて不穏な状態を作出して同寮の秩序を乱しかつ右学生の勉学を妨害した。

(八)  同月二四日

同寮三号室において、翌同月二五日の生化学の試験のための準備のために点字タイプを打刻していた学生に対して、打刻音がうるさいとして口論をもちかけ、同学生の勉学を妨害した。

(九)  同月二六日

申立人と寮生との間に口論が生じた際、点字タイプ機の金属製の蓋を取つて振り上げ、暴行を加えかねない態度を示して寮生の身体に危険を生ぜしめた。

(十)  同年八月二九日に前記(五)のとおり入寮して以来継続して同寮に不法に居留している。

(十一)  同年五月六日から本件放学処分に至るまでの間、前記谷村教官ほかの教官から申立人に対して、屡々申立人の言動の非なることを説き、その矯正をはかろうとしたが、これに全く応じようとしなかつた。

右の諸行為は盲者を誹謗、侮辱し、盲者を対象とする教員を養成しようとする前記養成部の教育目的に反するばかりでなく、申立人を前記寄宿寮に寄宿せしめておくことは教育上他の寮生に及ぼす迷惑は甚だしく、また申立人を同養成部に在籍させることは同養成部内の秩序を著しく乱し他の同部在学生に対して教育上極めて悪影響を当えることは明白である。そこで被申立人は、申立人が学生の本分に背いた行為をしたものとして教授会の議を経て放学処分にしたものである。

三  次に本件申立ての適否について検討する。

疎明によれば、申立人が昭和四一年四月一一日東京教育大学教育学部特設教員養成部普通科に入学したこと、普通科は、すでに教員資格を取得している者で、さらに特殊学校の教員となろうとする者を対象とする教育機関であつて、一般の学科について盲者、ろう者のための教員を養成することを目的としていること、普通科の修学期間は一年で、在学期間は二年をこえることができないこと、被申立人は、同養成部教授会の議をへて、昭和四一年一〇月三一日付で申立人を東京教育大学学則第五八条により放学に処する懲戒処分をしたことを認めることができる。

(一)  申立人は、右放学処分により他の学生と同様に授業を受けることができず、ひいては来年三月に卒業することができなくなるのは必至であつて、このような回復困難な損害を避けるため緊急の必要があると主張する。

元来、放学処分は公の教育施設の利用関係すなわち在学関係から学生を排除する処分であつて、その処分が確定判決によつて取消されると、以前の在学関係が回復され、当該学生は未履修課目について教育を受けることができるのである。これを本件についてみると、本案勝訴の確定判決を得た場合、在学関係を回復することが申立人にとつて無意味となり又は困難になるような事由が存在することについては、申立人の主張及び疎明がなく、結局、申立人は本案勝訴の確定判決を得れば、放学処分により失つた在学関係を回復することができるものというべきである。そして申立人の主張するように、本件放学処分の結果他の学生と同様に授業を受けることができず、ひいては、来年三月卒業することができなくなるということは、放学処分の効力停止のために必要な「回復の困難な損害」に当らないものと解する。その他、本件放学処分によつて生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があることについては、申立人の主張及び疎明がない。

(二)  次に退寮処分について考えると、本件退寮処分は抗告訴訟の対象たる行政処分とは認められないから、その執行停止を求めることはできない。

以上のとおりであつて、本件申立ては理由がないので、これを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 緒方節郎 中川幹郎 前川鉄郎)

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